東京に来て、初めて知り合いになった白井さん(仮名)という人について少し語りたい。
あれは運命の出会いだった、と思っている。
私は現在関東に住んでいるが、以前は長野県に居た。ある事情で関東に引っ越して来ることになった。
首都圏で就職活動をしている時、都内のレトロゲームをたくさん置いてあるゲーセンに立ち寄った。そこに鮫!鮫!鮫!があったので、久しぶりにやってみた。10年ぶりくらいだったと思う。
昔は1千万まで出していたので、それなりにできると思っていたのだが、本気でやって3面で終了。1周すらできなかった。ちょっとこれは納得できないでしょう、ということで、もう少し頑張ってみる気になった。まだ就職前だったので時間に余裕があったこともあり、この店に通うことにした。しばらくやりこむうちに、1千万までは出せるくらいに勘が戻り、一旦はそれで満足したのだが・・。
ある日、都内で面接があったので、またその店に立ち寄り、何となく鮫!鮫!鮫!で遊んでいた。昔と同じくらいには腕が戻っていたので、それほど気合を入れていたわけではなかったと思う。確か3周目の7面あたりをやっている時だったと思うが、後ろから知らない人に声をかけられた。「ちょっと後ろで見ていてもいいですか?」と。
私は東京に知り合いがいなかったので、もちろん面識の無い人だ。それはともかく、わざわざ「見てもいいですか」と聞かれたことに驚いた。ゲーセンで人のプレイを見るというのはごく当たり前のことで、見るにしても見られるにしてもご自由に、というのが普通だと思っていたのだ。東京の礼儀とはこういうものだろうか、とカルチャーショックを受けてしまった。
ちょっと戸惑いながらも、「あ、構いませんけど、もうすぐ終わってしまうと思いますよ。」と返事をした。あまり気合を入れてやっていなかったので、残機が数機しかなかったのだ。我ながら妙な返事をしたものだと思うが、その人は爽やかな笑顔を見せて、「じゃあ見せてもらいますね」と言った。
その人の視線を感じつつ、そのままプレイを続け、結局3周目の10面で終了。1千万には届かなかった。なぜかすごく申し訳ない気持ちになり、「すいません、やっぱり終わってしまいましたね。」とその人に謝った。彼は、「いやいや。でもすごく上手いですね。びっくりしましたよ。」と言ってくれた。これが白井さんとの出会いである。
話を聞いてみると、白井さんも鮫!鮫!鮫!をやっているとのこと。しかも自分よりずっと上手い。「いやー、サラリーマンらしき人が鮫!鮫!鮫!をあれだけできるのは有り得ない、と驚いてしまって、声をかけたんですよね。」とのことだった。就職活動中だったので、私はその日スーツを着ていたのだが、その姿が異様に感じたらしい。確かに一般サラリーマンがやるゲームではないだろうし。
初対面にもかかわらず、その日はずいぶんと話し込んだ。これが何とも不思議なことで、私は人見知りが激しく、付き合いの長い人でなければあまり話はできないのだ。しかし、白井さんの前にいると会話がはずむ、言葉が自然に出てくる。ずっと前からの顔見知りのように話ができていた。
白井さんによると、彼が鮫!鮫!鮫!をやっているのは、師と仰ぐ人に結果を出すまでやり続けるように、と言われているからとのこと。その師匠は別のループゲームで結果を出していたので、鮫!鮫!鮫!は白井さんが結果を出さなければならない、そういうことらしい。
「どこまでやれば結果を出したことになるんですか?」と聞いたところ、「1億点ですね。このゲームのカンストの点数ですよ。自分はまだまだ遠いですが。」と白井さんは答えてくれた。1億点? 今まで考えたこともない数字だった。どんな世界なのかも想像がつかない。すでにその点数を出している人も何人か居るとのことだったが、やはりそこまで到達するのは大変らしい。白井さんはそれを目指していることになる。
私はあまりアーケードゲームの世界に詳しくはなかったのだが、白井さんの師匠である人は、私も知っているプレイヤーだった。さらに意外だったのだが、その師匠は私の存在を少しだけ知っていたらしい。ちょうど同じゲームをやっている時期があったので、地方の情報も入って来ていたのだろう。自分のような末端のプレイヤーを知っていてくれたことが、嬉しいような恥ずかしいような、むず痒い気持ちになった。でもやっぱり嬉しかったのだが。
白井さんは、魅力的な人だった。ゲームで遊んでいる時、本当に楽しそうな表情を見せる。さらに目つきがギラついている。これは欲望にまみれたギラつきではなく、純粋にゲームを真剣にやっているからそう見えたのだと思う。ある意味では、子供のような目つきだ。自分も十代の頃は、こんな目でゲームをやっていたのだろうか。
彼は鮫!鮫!鮫!について、「しっかりした理論に基づいてパターンを構築し、それを確実に実行することが重要」と力説していた。しかし、実際に本人がプレイするとどうも違う方向になるようだ。はっきり言ってアドリブ対応全開。パターン化という言葉とは縁遠い。少なくとも私にはそう見えた。それでも御本人はパターン通りに行動していると思っているようで、そのギャップがまた微笑ましい。この人ならどんな滅茶苦茶でも許される、そんな気持ちになってしまう。
ゲームの実力は相当なもので、「Hellfire」というシューティング( こんなゲームです )で、たった3週間で1千万点を出しているらしい。このゲームはかなり難しいので、3週間で1千万というのは尋常ではない。彼の力量が窺い知れる。
実際、反射神経の鋭さは目を見張るものがあった。本当にその場の反応だけで切り抜けてしまう。力任せのプレイなので安定感に欠ける面もあったが、彼がゲームをしているのを見ていると、こちらも楽しい。本当に魅力のあるプレイヤーだった。
白井さんに会えるかと思い、その後も私はその店に時々行っていた。彼は相変わらず楽しそうにゲームをやっていたが、鮫!鮫!鮫!はあまりプレイしている姿を見かけない。目標があるのだから、もっとやらないんですか? と聞いたところ、「うーん、やらなければいけないのは十分わかっているんだけど、他にもやりたいゲームがたくさんあって・・。言い訳でしかないけど。」という答え。確かに、どんなゲームでも楽しんでしまう白井さんにとっては、1つのゲームに集中するのは無理なのかもしれない。
その時、全く違う発想が自分の中に出てきた。「白井さんが師匠から与えられた課題をクリアするのは、もしかして自分の役目なのでは? 白井さんは他のゲームで忙しいのだから。」勝手な思い込みだが、なぜかそう考えてしまった。1億点出せれば、白井さんにもきっと褒めてもらえるだろうし。
あの面接の日に、あの店に行っていなければ、白井さんに会うことは無かったかもしれない。その時にサラリーマン風の格好をしていなければ、声をかけられることも無かったかもしれない。白井さんと知り合うことが無ければ、1億点を目指すことも考えなかっただろう。不思議な偶然が重なり、半ばアーケードゲームから引退していた自分は、再度この世界に引き戻された。白井さんは、人を引っ張り込む力を持っていた。
そういう人物が、地元にも一人いた。彼も人を引っ張り込む力が強かった。ゲームをしている時に、ギラついた目をしているところも似ている。白井さんと最初からすんなり話ができたのは、彼に雰囲気が似ていたからなのかもしれない。